行き過ぎは「愛国者」にあらず

右翼も左翼も、国と民のことを思う限りは「愛国者」って感じの朕だ。
しかし、こういうのは「愛国」なのではなく、ただの暴力か気違いの行動であると言えよう。

○ネオナチ、女性襲い「カギ十字」彫る=社会に衝撃、捜査は難航−独
2007/11/24-07:10 【ベルリン23日時事】
ドイツ東部のザクセン州で、17歳の女性がネオナチとみられる若い男4人に襲われ、ナチス・ドイツのシンボル「カギ十字」を腰に彫り込まれる事件があり、社会に衝撃を与えている。独メディアが23日伝えた。警察当局が犯人を追っているが、捜査は難航している。
警察によると、同州ミトワイダで3日、スキンヘッドの4人の男に囲まれて泣いている移民家庭の6歳の少女をこの女性が助けようとしたところ、男たちに組み伏せられ、うち1人に小刀のようなもので約5センチ大のカギ十字の形に傷を付けられたという。*1

移民のせいで仕事が無くなった…ということが背景にあるのだろうか? この手の話は洋の東西を問わずどこでも聞く話である。仕事を奪われたのではない。する人がいなくなった一瞬の隙を突いてきただけなのだ。豊かになるにつれて「3K」労働を避けた。その穴を埋めるために移民が入ってきた。そして移民が社会に浸透していった。それだけのことなのだ。仕事が欲しいのであれば、選り好みしている場合ではなかろう。
さて、この事件は八つ当たりもいいところである。弱い子供をとり囲んで、それだけでも十分恥ずかしい話であるが、それを諌めた女の子に鉤十字を掘り込むなどど、破廉恥な行いである。これはネオナチがどうとかではなく、ただのチンピラが暴れまわっているという話であり、政治も減った暮れもない。意見を持つのはいい。主張するのもいい。ただ、その方法は間違えたくないものである。